ここでは、なぜ私がタカミ住建を始めたのかお話しさせていただきます。

学生時代のアルバイト
私の父は、ビルなどを建てる会社を営んでいました。
学生のときはよく現場に行ってはアルバイトをさせてもらっていました。
また、義理の兄は大工さんで、ここでも大工さんの見習いのような仕事をさせてもらいました。
この二つの建築現場での経験は、私の物づくりの原点になっています。
特に木造の家をつくる大工さんの仕事は興味深く、大工の心構えなどをたくさん教えてもらいました。
フィルムの会社に就職
建築関係のアルバイトをしながら学生時代を過ごした後、実際に就職したのはフィルムの会社でした。
いま思えばなぜ建築の世界に進まなかったのか不思議でならないのですが、そのときの私は建築ではなく大手に勤めることを選択したのでした。
当時はまだデジカメなどはなく、フィルムカメラが全盛の時代。
自社のフィルムの拡販のために一生懸命働きました。
ところが4年過ぎたころ、漠然とした不安が襲ってきたのです。
「果たしてこのままこの会社にいて、上を目指したり、やりがいを感じながら仕事をすることができるのだろうか?」
「もっと自分を生かせる仕事が他にあるのではないか・・・」
そう思い始めたのです。
住宅会社に転職
そんなある日、義理の兄から電話がかかってきました。
「住宅会社はいいぞ。うちの会社に来ないか?」その当時、義兄は大工さんでありながら、住宅会社に勤め現場監督をしていました。
「これは自分を変えるチャンスかもしれない。物づくりの現場に行きたい!」
この思いが一気に湧いてきました。
父の会社の工事現場、大工さんのアルバイトをした学生の日々・・・。
義兄の誘いを受ける形で、いよいよ建築という新しい世界に飛び込む決心をしたのです。
本当にこの会社でいいのだろうか
意気揚々と転職した住宅会社では営業部に配属されました。
大工ではなかったけれど、新しい世界への希望でいっぱいの私は、どんな仕事も頑張っていこうと決心していました。
しかし、いざ仕事が始まると、その会社は夢に描いていた世界とは違ったのです。
時はバブルに向かおうとしていた時代。
住宅会社は活気に満ち仕事がたくさんありました。
しかし、営業マンは、毎日上司に檄を飛ばされ、「もっと仕事を取ってこい」「売上げを上げろ」と言われ続けたのです。
家に帰るのはいつも深夜。ただ仕事をこなすだけの毎日でした・・・。
私には、お客様のことより会社の利益しか考えていないように見えました。
「本当にこの会社で働き続けてもいいのだろうか?」
そんな疑問を感じながらも2年ほど仕事をしていきました。
まず自分が楽しむ
そんな中、別の住宅会社への誘いを受けました。
今回も義兄からの誘いでした。
なんと義兄は私よりも先に次の会社にさっさと転職していたのです。私を置いて・・・。
新たに義兄の誘いを受け入った新しい会社は、今までの会社とはまるで違っていました。
もちろん売上げのことは言われましたが、頑張ったことをきちんと評価してくれる会社だったのです。
私は誰よりも早く出社し、掃除をしました。
必要な資料をそろえ、分からないことは先輩や職人さんたちに聞いたり自分で調べたりして、どんどん知識を吸収していきました。仕事が楽しくて仕方ないのです。
以前の会社に比べたら天国のようでした。
このときに「自分が楽しくなければいい仕事はできない」ということを学びました。
クレームから学んだこと
私の仕事は営業としてお客様のお宅に伺い、工事の契約をいただいてくるというものでした。
ところがお客様から「色が違う!」「打ち合わせしたことが入っていない!」などとお叱りを受けることが度々ありました。
いわゆるクレームです。
なぜか伝えたことが工事に反映されなかったり、工事中の配慮不足でお客様に不快な思いをさせてしまうことがありました。
通常、工程が進むごとに営業 → 設計 → 工事と担当者が変わります。
一つの仕事に次々と担当者が関わることが、お客様に安心して工事を任せていただけない原因ではないかと考えた私は、自分が担当したお客様のことは、全て自分で責任を持って受けようと決めました。
前例のないことで上司はとても驚いていましたが、私の本気の顔を見て会社に掛け合ってくれました。
この後から工事の全てを任せてもらえるようになりました。
それからの私は、お客様と打ち合わせをし、図面を作成。
工事が始まると現場監督として毎日現場に足を運び、設計通りに工事が進んでいるかを確認。
職人さんたちに指示を出し、お客様に工事のご説明をして工事中の不安がないように努めました。
すると、不思議とクレームの数が減っていきました。
そればかりでなく、同じお客様から何度も注文をいただけるようになったのです。
独立
無我夢中で働き十数年経ったころ、会社では多くの責任を任される役職に就いていました。
任せていただいた新築住宅やリフォーム工事も約400件を越え、独立して自分の力を試してみたくなりました。
バブルがはじけて少し経ったころだったので、独立してもうまくいくのか本当に悩みましたが、41歳のときに思い切って独立を決心しました。
平成13年1月。タカミ住建を設立することにしました。
会社を設立する約3ヶ月前に、お世話になったお客様に独立をする旨のご連絡をさせていただきました。
すると、お客樣方から「小池さんが独立するなら仕事を頼みたい」というお話がどんどん舞い込んできたのです。
会社はまだできていないのに、仕事が溢れるほどあるのです。とても驚きました。
お客様は会社に仕事を頼んでいたのではなく、私に仕事を頼んでくれていたということを知りました。
独立をするのに不安でいっぱいだった私には、本当に心強い出来事でした。
心からの感謝の気持ちを込め、どんなに小さな仕事でも大事にしていこうと決意を新たに独立しました。
お客様に幸せになっていただきたい
独立して5年が過ぎたころ、これからのタカミ住建の方向性を考えるようになりました。
建築会社として何をしたいのかを懸命に考えました。
今まで私に家づくりを任せてくださったお客様の顔を思い浮かべると、笑顔ばかりでした。
そのとき、お客様に笑顔になっていただける仕事をすることが私の使命ではないかと思ったのです。
「その思いをお客様にお伝えしよう。家づくりを通して幸せになってもらおう」
本気でそう思ったら、私が進んでいきたい会社の姿が見えてきました。
私が仕事を通して進んでいきたい道は、一軒一軒を自分の家だと思って『妥協しない家づくりを、責任を持って行うこと』。
そして『人と人との出会いを大切に仕事をしていくこと』でした。
そんな思いが通じたのか、おかげさまで会社を続けさせていただいています。
今まで私を育ててくださった方々や、お客様への感謝の気持ちを忘れずに、これからもお客様が幸せになれる家づくりをしていきたいと思っています。
幸せな笑顔をたくさんたくさん見るために、これからも頑張っていきます。
代表 小池隆夫

1時間以内で伺える場所が施工エリアです。

お客様の大切な住まいに何かあった際にすぐに駆けつけられる範囲を施工エリアと決めました。
良い家づくりをするため、無駄なコストをかけないためにも勝手ながらそのようにさせていただいております。
お客様のお金を大切にします。

ムダな経費をかけないこと。コストダウンの努力を惜しまないこと。適正価格を守ること。
良い家は高くて当たり前ではなく、良い家を安くつくる努力をし続けます。